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〜誕生死を迎えるまで〜
本日2014年5月31日、
生まれてくるはずだった三男の出産予定日でした。
KinKiとは関係ない話題で申し訳ありません。
KinKiの話題は出てきませんので、興味のない方は読まずにいて下さいね。

気持ちの整理のためにも、3人目の赤ちゃんの事を、書かせて下さい。
私自身、自分のお腹の赤ちゃんの病気が判明してから、
その病名で何度も何度もネットを検索し、
同じような経験をされた方の体験談が、ものすごい励みになりました。
これから起こるだろうこと、気持ちの持ちよう、どうしたらいいのか、
同じ苦しみを経験した方のブログをたくさん読んで、
気持ちを落ち着けることができました。
そういう感謝の想いを伝える意味も込め、
そして同じようなことは起こって欲しくないですが、
誰かの支えになれればと思って、この日記を書きたいと思います。

ここから先は、死産の経緯を書きますので、
不快な気分にさせてしまう内容を含む可能性が高いです。
そこはご了承のうえ、お読みください。




三男の妊娠が判明したのは、昨年秋の事。
3人目が欲しくて、病院で排卵日も見てもらって、めでたく妊娠。
4ヶ月に入るころまでは、何も問題なく、元気にお腹の中で成長していました。
4ヶ月に入ったころに、息子が周りのママさんのいるところで、
「ママのお腹に赤ちゃんがいるの〜」と発表してしまった。
今思えば、まだ誰にも伝えないように配慮すべきだったとも思う。
でも4ヶ月にも入ったし、
そろそろ言っても大丈夫かななんて思っていたところだった。
運命が変わったのは、11月も終わりのころ。


2013.11.28(木)13w5d

幼稚園でりんご病が大流行していた。
そんな中、長男の頬も赤く腫れてきていることに気付く。
病院で診断を受け、長男がりんご病であることが確定。
この時、りんご病について調べて、
妊婦にとってとても危険な病気だと初めて理解した。

りんご病は身体的な赤みの症状が出た時点で感染力はほとんどなく、
その前に感染している可能性があった。
まさか私にはうつってないよね、、、
この時は少しゾッとしたけど、暫くは症状も出ないので油断していた。


2013.12.9(月)15w2d
夜、なんだか頭だけ熱いなぁと思う。
暖房の付けすぎでのぼせたのかな、なんて軽く思っていた。


2013.12.10(火)15w3d
明らかに耳が熱い。真っ赤になっている。
ひたすら耳だけが赤く、少し頬にも赤みがあるか?という感じ。
この時点でりんご病だ、と確信する。
頭だけがひたすら熱く、首から下は冷えてるぐらいで、
熱を測ったところで36度台しか出ない。


2013.12.11(水)15w4d
ちょうど妊婦健診のタイミングだったこともあり、
近所の産婦人科(以下、A病院とする)で相談する。
話を聞いただけでは先生は、
「りんご病はそこまで心配しなくても大丈夫」なんて言っていたけど、
いざエコーを見てみたら、明らかに異常があった。

【胎児水腫】赤ちゃんの周りに水がたまり、水ぶくれの状態。
頭や足だけでなく、全身が水の膜で覆われていた。
先生も何度も何度も赤ちゃんのエコーを確認していたけど、異常があるのは明らかだった。
更に、大腿骨長が短い、とのこと。
これはりんご病との関係性はなさそうだけど、ダウン症の可能性のある所見。
もう、絶望に絶望を押し付けられた気分だった。
これからどうなるの?この子はどうなっちゃうの?

先生は淡々とした声で言った、
「今回はダメかもしれないね。
このまま胎内で死亡することになるんじゃないかな。」

私がりんご病にかかった時点で、
ある程度は予想していたことだった。
妊婦がかかると胎児に感染する確率は30%、
更に胎児が死んでしまう可能性はその1/3。
この一番最悪なケースに当たってしまうなんて。

念の為にりんご病に感染しているかの血液検査をして、
大学病院で診てもらってくださいということで、紹介状を書いてもらった。

気分はどん底のまま、旦那にメール。
病院を出て、文章にしてしまったことで、涙が込み上げて来た。
次男の手を引いて歩きながら静かに泣いた。
家に着いたら抑えられない感情に飲み込まれ、
ひたすら大声をあげて泣いた。
次男がずっと、「ママだいじょうぶ?」と言ってくれていた。

幼稚園に長男を迎えに行き、
家に帰ってから、赤ちゃんが死んでしまうかもしれないことを伝えたら
長男もポロポロ泣き出してしまった。
2人の子供たちの優しさに触れて、
今ある幸せをもっと大切にしていこうと強く思った。

夜、旦那が帰ってきて子供たちの様子を伝えたら、
旦那も目を赤くして少し泣いていた。
二人で涙を流した。


2013.12.12(木)15w5d
大学病院を受診。
14:30の予約だったけれど、2時間以上待たされて、
長男の幼稚園お迎えに間に合わなくなりそうでヒヤヒヤ。
一緒に連れて行った次男は待合室で疲れて、
呼ばれる頃には寝てしまっていた。

受診結果は、結局かかりつけ医の見解と同じ。
全身が水腫で覆われている。
ひどいところは6mmぐらいあったと思う。
大腿骨長も、1.7cmぐらいで、おそらくだいぶ短め。
この病院では、例え障害の可能性があっても人工妊娠中絶は行っていないと言われる。
原因もまだはっきりしないし、治療法もないから、経過を観察することしかできません。
と言われるだけだった。

大学病院の方が、説明が歯切れが悪いというか、
オブラートに包む話し方というか。
まだ生きられる可能性もあるってことを強調するような感じで、
正直そんなの信用できないって思った。
結局A病院のほうで経過観察することに。。。
その前に、血液検査の結果を持って、大学病院ももう一度受診することを予約。


2013.12.16(月)16w2d
A病院での血液検査の結果が出る。
やはりりんご病にかかったのは明らかな陽性反応。
自分自身の症状から、確信はしていたけれど。

エコーで見た感じでは、
あまり進展はなく、腹水も溜まってきてるとのこと。
つまり少し悪化している。。。心臓は動いていた。

先生は堕胎を勧めるか悩んでいる様子だった。
染色体異常の確率が出るクワトロテスト(血液検査)を受けて、
結果次第で今後のことを考えることに。
結果は10日後ぐらい。


2013.12.17(火)16w3d
血液検査の結果を伝える為、大学病院に2回目の受診。
前回よりもベテランな感じの先生で、喋り方も上からな感じ。
この日のエコーでも、胎児水腫、腹水の様子がわかり、胎児貧血を起こしているとのこと。
りんご病による胎児水腫の場合、治療法として、胎児に輸血する方法がある。
このまま何もしなければ、死ぬ可能性が高いし、
治療がうまくいけば、普通にお産できる可能性もある。

この前と違う医師だったが、この前はもうなすすべはないと言われたのに、
治療するなら今すぐにでも!って感じの事を言われて混乱する。

今ある選択肢としては、
・すぐにでも胎児輸血をして治療する。(入院2週間ほど)
・経過を見守る
・中絶する(だが大学病院ではできない)
この3つを提示される。

今回の医師は高圧的な物言いの人で、
このまま放っておいたら死んじゃうよ、治療するかしないか、それしかないんだから。
って感じで強く言ってきて。
助けたいんなら治療するしかない、
今すぐ決めろって空気感で、
胎児治療の詳しい方法やリスクについては何も説明なしに強く言ってくるから、
ものすごい嫌悪感を抱いた。
胎児の命大事じゃないのか?って迫られてる感じがしてすっごい悔しかった。
大事に決まってるじゃん。助かるものなら助けたい!

「リスクはないんですか?」って聞いたら、
そんなものは胎児治療に効果が現れてから考えることであって、
今考える必要はないって断定的に言われ、
詳しい説明は何もなし。
結局その後は何も聞けなかったし、すぐ結論なんで出せるわけないし。

でも医者はすぐ治療にするか聞きたかったらしく、
今決められないなら持ち帰ってまた明日来て、って予約を入れさせられた。
正直この時点で、治療するにしてもここでは絶対したくないと思った。

あまりにも強い口調での言われように苦しくて悔しくて、涙が出た。
その医者の前ではこらえたけど!
帰りのバスの中でボロボロ泣いた。
そのまますぐまた近所のA病院に寄った。
大学病院でのことを話して、意見をもらったけど、
胎児治療はとても難しいものだし、それで完全に治るとも言い切れないし、
何よりまだまだ赤ちゃんが小さすぎる、と説明してくれた。
大学病院での経緯を説明していたら、
いつもの先生が親身に聞いてくれるのがありがたくて、
また涙がこみ上げてしまった。

そして胎児治療についての説明一切なしで、
選択を迫られてたんだと思うと、怒りが湧いてきた。
だから、もう一度紹介状を書いてもらって、
翌日別のB病院(長男次男を産んだ病院)に行くことにした。

A病院は、個人病院でこれ以上の処置はできないから、
どんな形であれ赤ちゃんを産み出すのは、
長男次男を出産した、信頼できる病院にしたいと思った。
今もこの選択は正しかったのだと思う。


2013.12.18(木)16w4d
朝早くからB病院へ。やはり待ち時間はとても長い。
そしてやっと呼ばれる。
今度の先生は温和な感じで、静かに話を聞いてくれてホッとした。
やはり胎児治療は週数もまだ早いし、現実的ではないとのこと。
大学病院のあの医師への信用がまたなくなる。

そして選択肢はやはり、
・経過を観察する
・中絶する
この二つしかないとのことだった。
この時点で私の気持ちはもう決まっていたのだと思う。
中絶できるギリギリ(21週)まで待ってみて、
それでも改善する様子がなければ中絶する。
その気持ちを伝えて、先生も納得してくれて、
やっと気持ちが落ち着いた気がした。
ここ数日の連日の病院通いで精神的にボロボロだったけど、
上の子2人を産んだ病院で処置をする方向に落ち着いて、
すごくホッとしたし安心できた。

この日の午後にも大学病院は予約を入れていたけれど、そちらはキャンセルした。
もう二度とあの医師の顔も見たくない。


2013.12.21(土)17w0d
前日から生理痛みたいな腹痛を感じるので、
赤ちゃんになにかあったらと思ってA病院を受診。
エコーで見てもらい、水腫は変わらずだったが心臓はちゃんと動いていた。
ホッとした。いつその時がくるかわからないから、気が気じゃない。


2013.12.27(金)17w6d
A病院受診。
クアトロテストの結果を聞きにいく。
ダウン症は問題なかったが、神経管奇形の確率が異常に高かった。
もともとあまり強い子ではなかったのかもしれない。

先生は診断結果だけ説明して終わらせようとしてたけど、
「赤ちゃんのエコーも見てもらえますか?」とお願いした。
この時見てもらっていなかったら、
年末年始の休業で、1週間以上気付かずにいたかもしれない。

いつものように、赤ちゃんを経腹エコーで見てもらった。

そして、先生は静かな声で言った。
「赤ちゃん死んじゃってるね。」

赤ちゃんはもう動いていなかった。
唐突すぎて信じられないような、
あぁ、やっぱりダメだったか、っていうような、
うまく表現できない気持ちだった。
なんていうか、実感がなくて無感情というのが一番しっくりくるかも。
茫然としながら先生の話を聞き、
早めに処置をしてもらうようB病院に行った方がいいと言われる。

帰り道、旦那に電話で報告。
泣かずに冷静に伝えられた。
すぐに帰って昼食を食べた。こんなときでも私はご飯を食べられる。
お腹の赤ちゃんはもう生きていないのに、私は生きて、普通にご飯を食べている。
自分に腹が立ってくる。
B病院に連絡して、夜間診療で受診することに。

母に仕事を早退してもらって子守をお願いし、B病院へ。
予約してないのもあって、やはり待たされる。
もう一度エコーで確認したが、やはり、
「動いてませんね。」と。
冷静に受け止めている自分がいた。

それからは、今後の処置について説明があり、
翌日からの入院が決まった。
心電図と採血をしてこの日は帰宅。

不思議とずっと冷静な自分がいて、
ほとんど涙を流すこともなく1日があっという間に過ぎた。
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