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〜誕生死の後〜
死産後、年が明けてから現在まで。

 

2014.1.6(月)
午前中に三男は火葬された。
病院で手配してくれた葬儀屋のほうでは、
立ち合いが難しいと言われて、仕方なくそれに従うしかなかった。
私は子供達と公園に行き、その帰りに神社で祈ってきた。
どうかお空の上で、楽しく過ごせますように。
おじいちゃんやひいおじいちゃんたちに可愛がってもらうんだよ。
そしてずっと私達の事を見守っていてね。。。


2014.1.7(火)
病院での産後の検診へ。
まだ剥がれきっていない卵膜が少し残っている以外は、
順調な回復だった。
もう一度子宮を収縮させる薬を飲んで、
残りの卵膜を出し切るようにしましょう、と言われる。
死産後の妊娠については、、、とこちらから聞いた。
できれば子宮が回復するまで、半年ぐらいはあけたほうがいいと言われた。
ネットでは、2〜3回生理を見送れば良いようなことが書いてあったので、
半年も…と打ちのめされた気分にもなった。
妊娠を希望する者にとって、半年という期間は長い。
今の自分には、次の妊娠に希望を託す事でしか、
前を見ることができないような気がしていた。
それでも担当医の言葉はちゃんと受け止めなければならない。
急いだところで、またつらい思いをするのは自分なのだから。

そしてその後火葬された三男の遺骨を受け取りに行く。
とても小さな骨壷だった。
葬儀屋での対応はあっさりとしたものだった。
やはり自分たちで手配すればよかったと思わずにはいられなかった。
でも今更悔んだところでどうにもならないので、
大切に大切に、遺骨を連れて帰った。
簡単な祭壇ではあったけど、お花を飾り、お線香も立てられるようにして、
周りにはぬいぐるみや折り紙を置いて、ミルクとお菓子もお供えした。
子供たちが、三男の名前を呼んで何度も声をかけてくれるのが
切なくて嬉しくて複雑な気持ちだった。

その後は私の心の浮き沈みの激しい時間が続いた。


2014.1.9(木)
幼稚園の新学期が始まった。
正直言って、人に会うのが怖かった。
私の死産を知っている人に会うのが。

ママたちの反応はそれぞれだった。
何も言わずに普通に接してくれる人。
私の体のことを心配して声をかけてくれる人。
みんなの優しさがとてもありがたく思えた。
周りもどう接していいのかわからないと思うし、
私もどうふるまえばいいのかわからず、
無理して元気な振りをし続けた。

でも、やはり幼稚園に毎日通う普通の生活に戻って、
気持ちも少しずつ落ち着いていったと思う。


毎日三男の遺骨にお線香をあげ、祈った。


3月の初めに、長男の幼稚園生活では最後のママの飲み会があった。
最後だし、せっかくだから楽しもうと思って参加したのだが、
私にとっては苦痛の時間となってしまった。
まだ社交の場に出るのは早かったみたいだ。
ちょうど妊娠中の幸せそうなママが2人いた。
みんなその話題で持ちきりだった。
私も笑って話を聞いていたけれど、
誰も妊娠出産の話題を私にふることは絶対にしなかった。
気を遣われていると思った。
もう落ち着いていると思っていた気持が乱れた。
最後まで結局、心はモヤモヤとしたままに時間が過ぎていった。
ああ、私はまだああいう場には出てはいけなかったと思った。
家に帰って、旦那にその思いを伝えて、思いっきり泣いた。
私はどうしたいんだろう、どうされればいいんだろう。
胸が苦しくなった。


2014.3.22(土)
死産からもうすぐ3ヶ月が経つ。
四十九日も過ぎているし、
ちょうど春休みで旦那の実家に帰省するタイミングだったので、
三男の遺骨を納骨することになった。
本当は、もっとそばにいてほしかった。
暫くは自宅でそばにいてほしかったのが本音だが、
旦那も義母もそんな私の想いには気付かず、
納骨するのが当たり前だと思っているようだった。

義実家の近くのお寺で法要をしてもらってから、納骨を行うことになった。
お坊さんも温かい人だった。
納骨の日にはまた泣くかもしれないと思ったが、
どこかすごく冷静な自分がいた。
お墓の下には、義父と義祖父の骨壷があったが、
それとは比べ物にならないほど三男の骨壷は小さかった。
どうか天国でおじいちゃん達に可愛がってもらえますように。

今、遺骨の一部は遺骨ペンダントに収めて自宅にある。
これだけは私の中で譲れないものだ。
次男に何度も引っ張られてチェーンがすぐ外れるので、
宝石箱に入れてプチ祭壇に置いている。
以前のように毎日お線香をあげるほどではなくなってきているけれど、
いつも自分の視界に入る場所にいる。

三男の事は絶対に忘れてはいけないと思うし、忘れられない。
悲しみに蓋をしてはいけない。
泣きたい時にはしっかり泣く。
一番の理解者である旦那さんに想いを聞いてもらう。
それができた私は精神的にも少しずつ回復できていったのだと思う。
旦那さんとは感じ方がもちろん違うと思うこともあるが、
ただ私の話を聞いて、受け入れてもらえるだけで、心は穏やかになった。
本当にありがたいことだと思う。

死産を経験した人に、「まだ若いんだから」とか、
「(他の)子供がいるのだから」
とかいう言葉をかけるのは絶対にご法度だ。
確かに私にはまだ希望があるし、元気な子供も2人いる。
でも私が子供を亡くしたことは消しようがない事実であり、
それは一生心の中に残るものなのである。
三男もたった一人の存在であり、その存在を亡くした想いは、
決して褪せることはないのです。
今でもふとした瞬間に胸が苦しくなったり、動揺したりします。
でも必死に前を向いて頑張っています。
きっと三男が空で見ていてくれるから。
子供に誇らしく思ってもらえるような、素敵なママを目指して、
ゆっくりと歩んでいきたいと思う。
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